ミラノ編 26-30 of オイラ陽気なイタロ・ジャッポネーゼ

2-26 ヨナスの恋  

02-26 Bevendo.jpegベニスの少年「チャオ、フィン・ルンパ!」
「グラツィエ、アンケ・ア・テ」
今のこのナザーリの家のメンバーの1人、ニュージーランド人のアニカとボクは、会うと必ずこんな挨拶をかわす。

フィン・ルンパと言うのはスウェーデン語で「いいケツしてんじゃん。」そんな意味。
だから「サンキュー、君もね。」なんて答えているけど、ホントはちょっと下品な言葉だから、自分の母国語でそんな挨拶をかわすのを聞いて照れ屋のヨハンナなんてちょっぴり顔を赤らめたりしている。
1度みんなでフェスタをしたときに、おきまりの「~語でこれはなんて言うの?」って話からこうなるにいたったワケだけど、どんどん使いこなす(?)のがアニカ。
「Come stai?(コメ・スタイ:調子どう)」なんて聞くと、左手は腰に、右手は顔の横でグーのサインを出したうえにちょっと顔をかたむけて「バリバリ!」とやってくれる。
これがまたカワイイんだな。

前にクラスメートといたずらをくわだてた時には、食事中の日本人観光客に向かって、2つのにぎりこぶしを口にあてて「カリン的には~、それ超まずそ~。」なんてやったやつもいたけど、金髪の知らない女の子が話し掛けてくる事で驚いただろうし、日本語だったのも気がつかなかったかも。
口をポカンとあけて固まっている姿に、心の中で「すまん」と思ったものだ。

最近、ボクらの間でちょっと気になっている話題がある。
ヨナスがとってもいきいきして明るくなったんだけど、それがどう見てもアニカのせいだなとニラんでいるのだ!
真実は本人のみぞ知る、だけれど、ガンバレ!お兄さんたちはひそかに応援しているよ。

(17/06/'99)

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2-27 星に願いを  

02-27 CarcioS3.jpeg背中の記号も面白い「ア~レ~!」
両手を高く伸ばしてはしゃぐ子供達の声と共に、漆黒の空に咲いては消える光の花達。
気の置けない連中と、アルノ川沿いの歩道の縁石に腰掛けてのむアルコールは格別でなにものにもかえがたい。

6月24日は、S. Giovanni(サン・ジョバンニ)というフィレンツェの聖人の祝日。Carcio Storico(カルチョ・ストリコ)という古式サッカーの決勝戦の日でもあり、夜にはミケランジェロ広場から花火があがる。
そう、それらの見物を口実に、またまた”また!”、フィレンツェに来てしまった!



02-27 CarcioS2.jpeg激しい…サンタクローチェ教会前の広場に砂を敷きつめた競技場と観客席が設置されて催されるカルチョ・ストリコはその歴史を16世紀までさかのぼる。
今世紀に入って衣装、ルール、パフォーマンスなど忠実に再現して街の伝統的な4つの地区で、この日を中心に6月に3度行われる。
1試合50分、1チーム27人のゲームは、カルチョ(サッカー)の名が付いていて、アメリカンフットボールとサッカーを足したようなルールなのに足を使うことがない。



02-27 CarcioS.jpegとにかく激しい…「タラララララ・・・・。」
軽やかな小太鼓の音を合図に、雲ひとつない青空と照りつける太陽のもと、中世の衣装を身にまとった人々のパレードが始まる。
青と黄の幅広の縦縞に、大きな羽の付いた帽子をかぶった鼓笛隊、銀の甲冑が勇ましい兵隊、パスクワの時には一番楽しませてくれた旗隊(2-17参照)、盛り上がる大勢の観衆に驚いて走り出してしまった1頭を、鎮めて列に戻した騎馬隊の1人は、皆のあたたかい拍手を受けて雰囲気を盛り上げた。

イタリア人というのは、一般的に日本人と比べてそれほど体格が大きいわけではない。だから、純粋にイタリア人の血が流れている人だけではないようにも思えたけど、屈強な選手達が入場すると観客席も総立ちでいよいよゲームへと移行する。
星やいろいろな動物達、梯子などのシンボルが背番号のかわりに入っている。そんな、ちょっとかわいらしくも思える衣装に反してその競技は激しい。場内いたるところで乱闘があり、時には鮮やかに投げ技まで披露されて、球技なのを疑うようだ。
ケガ人続出の中、両チームのレベルの差は歴然で、9-0の圧倒的勝利。
ちょっと物足りなかったのも本音だけど、勝利チームの応援席側にいたからなんだかいい気分。
こりゃ、祝杯をあげんといかんわい。

02-27 Fuochi.jpegた~まや~!夕方のこの競技の後、日が暮れるのを待つと、次は花火だ。
ビールやスプマンテを買い込んで集まると、浴衣を粋に着こなしているケイ君が周囲の注目をあびていて、遠慮ない視線をおくる隣にいた子供には、「サムライだよ。」と教えてあげた。
そのうちに、すっと川沿いの街灯がきえると、ひとつ、ふたつとあがりはじめた。

ユリの花、フィレンツェの紫、大玉が広がった時には周囲からため息が漏れる。
「こんな位置からもあがるんだ!」
今まであがっていたところから左に少しずれた場所から、スッと光のすじが流れたとき、誰もがそう思った。
それが、花ひらくことなくどんどん高くあがってフッと消えたとき、はじめてわかった。
「流れ星だったんだ!!」

願い事をするのを忘れちゃったけど、外国で見る花火もいいものだね、そんなことを言っていたときにもらった、夜空のプレゼントはこの時間を忘れられないものにしてくれた。

(24/06/'99 フィレンツェにて)

このカルチョ・ストーリコ、ここ数年はいろいろな問題があるようで、連続して中止になっていました。
とても魅力的な行事だと思うのですが、今年は開催されるといいですね。
興味のある方は、ペルバッコの「お役立ちイベント情報」でも開催の有無、もしくは情報サイトへのリンクをチェックできます。

2011年6月 ミラノ

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2-28 あぁ、あこがれのキャンティ街道  

02-28 Uva.jpegまだまだこれから成長するよウキウキウキウキ。
天気もバツグン、元気いっぱい。今日は朝から胸が躍る。
ガキの頃から遠足の時はいつもこうだ。

パニーノとお惣菜のおべんとうを持って、やってきたのはパンツァーノ。
フィレンツェからバスで1時間ちょっとのキャンティ街道中程に位置する小さな街で、またそこから30分ほど、オリーブや葡萄の畑をぬけてたどり着いたのはカンティーナ(ワイナリー)。
前にボクが行きたいと言ったのをちゃんと覚えていてくれた友人が、今回の滞在に合わせて計画してくれた。
ふふふふふ。それを聞いたとき、思わずニヤけてしまったよ。

「オリーブ色ってこういう色なんだね。」
ちょっとくすんだ緑の葉をたずさえた木には、まだ実がこれからという感じ、ブドウは緑の小さなつぶが陽を浴びて、そのエネルギーをどんどん吸収してエメラルドグリーンにキラキラと輝いている。
トスカーナ独特のゆるい起伏の景色の中、アイビーの葉でびっしり覆われたエントランスを持つ建物で、若夫婦が迎えてくれた。

02-28 Uva2.jpegこの土地と太陽が重要大学では建築を学んだという、カンティーナの人にとっては変わった経歴を持つ奥さんに案内されて、発酵室、貯蔵室ほか作業工程の順に説明を受ける。
キャンティと名のつくヴィーノ(ワイン)を生産するのは北はフィレンツェ、南はシエナ、東はアレッツォ、西はピサの各県にまたがる広大な地域。
なかでも厳格に規定された古くからの地区内のみで作られる上質のものをキャンティ・クラシコ(クラシック)といい、1984年からはイタリアでも数少ないD.O.C.G.に認定されている。

また、ガッロ・ネーロ(黒い雄鳥)のマークはキャンティ・クラシコ協会のもので、お互い助け合って伝統を守っている。
一般のキャンティに比べてクラシコの方がアルコール度数が高く(12度以上)、ボクも大好きな”濃い”赤身の肉料理なんかにもとても良く合うから、フィレンツェの名物「ビステッカ・フィオレンティーナ(Tボーン・ステーキ)」なんかと一緒だともう最高!

ココでつくられているのはそんなヴィーノのひとつ。
使う発酵タンクの種類にセメントを選んだのも、年間生産量も
「自分たちにいちばん合ったものを吟味したのよ。」
という言葉に彼らのヴィーノに対する愛情が感じられる。
熟成させるための貯蔵室では酵母のしずかな息づかいが聴こえてくるようだ。

ひととおりまわったあとに飲ませてもらった「Canti Classico 1994 Riserva」は、そこから見える絶景のパノラマと共に染みわたり、バニラの香りと表現されたそれは太陽のかおりだった。

(25/06/'99 フィレンツェにて)

この時の体験は、今のイタリア情報サイト「ペルバッコ」とのコラボにつながっていて、ワインや食に対する興味をさらに引き出してくれた貴重なものだったといえる。
こんな体験をしてみたかったら、ペルバッコの「ワイナリー訪問」をチェック!

2011年6月 ミラノ

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2-29 ヴィアレッジョの海へ  

02-29 Sy.jpegはなれがたい風景今回のヴァカンツァのしめは海!
フィレンツェから電車で西へ1時間ちょっとのヴィアレッジョへ、そして、人混みを避けようとそこからさらにバスに乗って少しすいたレヴァンテ海岸にやってきた。

ヴィアレッジョはわりと新しい街で、真夏の海水浴と真冬のカルネヴァーレ(カーニバル)で知られている。
1月のカルネヴァーレでは、青森のねぶたのヨーロッパ版と言えるだろうか、そんなパレードがあり、とても華やかに催される。

実は去年、夏中フィレンツェにいたのに1度もココに来なかったのは珍しいくらいで、フィオレンティーナもよく来るところ。だからココへも来てみたかったんだ!
30分もチェントロから離れるとさすがに静かで、松なんかもあるもんだからどこか日本の海岸を思い出してちょっぴりノスタルジア。なーんてのはウソ。
着いてすぐ食べた手長エビのスパゲッティはうまいし、砂浜もわりときれい。海中はちょっと・・・、でもととてもキモチのいい時間。
あっという間に帰る時間になって、ものたりなかったよ。

こうして久しぶりのバカンツァは日本人らしくめいっぱいのスケジュールで満喫し、超リフレッシュ、大満足で帰途についた。
一緒に過ごした友人には休めない週末だったけど、Grazie Tanto !!
キミがミラノに来たときは、今度はボクが頑張ります。

(26/06/'99 フィレンツェから日帰り旅行)

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2-30 そして季節はめぐる  

02-30 Cappuccio.jpegなんだか今日を忙しいままに過ごして忘れていた。そう、イタリアに来てから1年を超えた日。
少し前までは1年って節目のように感じていたけど、やっぱり何も変わるハズもなく、ただ1年前の自分を思いだしては今なら苦笑してしまうような沢山のエピソードに懐かしくも思う。

不思議とホームシック的なノスタルジーを感じたことは全くなかった。
友人に会いたかったり、温泉に行きたかったり、好きだったラーメン屋に行きたくなったり・・・、そういうつまらないのはあるケド(笑)。

あれだけいやなこともあったのに、そう思えるのはきっと周囲の環境、人の出会いに恵まれたから。
そうなるまでにはフィレンツェでもミラノでも時間がかかったけれど、やっぱり頑張ってみれば何とかなるものだよ、うん。

この先に思うのは、滞在を延ばしてもうひとガンバリしてみようということ。
もちろん簡単じゃないけどやれるだけやってみる。
自分の選んだ道で良かったと思えるように。

(29/06/'99)

選んだ道で良かったのかどうかは微妙なところでもあるが、それでもチャレンジしてみなければきっと後悔がのこっただろう、だからこれまでの13年にはもっとこうできたんじゃないか、そういう思いはもちろんあるが、少なくとも満足している。

2011年6月 ミラノ

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